XBOX版『信長の野望 嵐世記』

1578年秋、常陸太田城へ出兵。大崎家(旧・伊達稙宗)の軍勢弱く難なく攻略。同じ頃、羽後の安東家が陸中の葛西家を攻め滅ぼし二国支配となる。これはちょっと厄介だ。1578年冬、太田城攻めの被害が少なかったのですぐさま磐城の国へと出兵し、三つの城を一気に攻略。大崎軍は稙宗時代の有能な将の多くが出奔してしまったらしく、大部隊を率いる将はみな凡庸で伊達主力軍の敵ではない。唯一奮戦したのは最上義光で、部隊数が多く粘り強い上に特技「混乱」による撹乱戦術を駆使してくるのでかなり苦しめられた。あと井伊直政がいたが新参者らしく小部隊だったのでそれほど怖くはなかった。1579年春、朝廷工作の結果「式部卿」に序せられる。朝廷マンセー。同年夏、服部保長を登用。おおっ忍者ハットリくん!(違うって)。統率と知略が90以上という超逸材だ。戦はもちろんのこと調略でも大活躍してくれるだろう。同年冬、陸前攻め。三つの城を一気に攻略。大崎家滅亡。稙宗の死後わずか一年、当主が無能だとこうも脆くなるものか。こうして30年にわたるお家騒動は呆気なく幕を閉じた。捕らえた最上義光が知行400石で下る(よっしゃ!)。1580年夏、陸中へ出兵。難なく攻略。同年秋、陸奥へ出兵。猛将・南部晴政の騎馬隊に大苦戦(主力の伊達忍と小幡憲重の部隊が壊滅的ダメージを受ける。南部の突撃恐るべし)するも水軍衆の大砲の援護射撃によって野戦に勝利、そのまま津軽城を攻略。南部家滅亡。これで奥州は安東家が支配する羽後一国となった。蝦夷の蠣崎家は安東家の属国だが手出しはせず安東家を滅ぼした後に脅迫外交で屈服させる予定だ。伊達家ノリノリである。ちなみに当主の輝宗は戦にまったく参加せず、文官を率いて疲弊した領地を国作りで回復しながら移動していく巡回内政団の団長を務めている(笑)。