『影武者』 ■■■

監督:黒澤明

全盛時の黒澤時代劇のような力強い活劇性は皆無なのだが、緩やかに滅びの道を歩む武田家の姿を緩慢なリズムで描いていく3時間の悲劇はどっしり重厚で独特の緊張感が満ちている。なぜフォードのような移動撮影ではなくパンでお茶を濁したのかと蓮實重彦を憤慨させた長篠の戦いのシークエンスは、エイゼンシュテインのようなモンタージュで様式化されていて、本作における活劇性の欠如を決定的なものにしている。黒澤映画の代名詞とも言える風にはためく旗は序盤にかろうじてワンカットだけ、あとはひたすら静止した無数の旗が映し出されるだけだ。そして最後にいたって旗は川の中に沈んでしまい、はためくことも出来なくなってしまう。その徹底した非活劇性ゆえに黒澤時代劇としては異色だが、それが不気味な魅力となって印象に残る映画でもある。俳優では武田信廉役の山崎努が良かった。オメロ・アントヌッティのような味わい深い笑顔。