『浮草物語』

監督:小津安二郎

1934年の作品。すでに小津独特の映像様式であるロー・アングル、空ショット、反復動作などが顕著に見られる。話の筋やセリフ回しは、後年リメイクされる『浮草』とほぼ同じ。ただ、作品の印象は大きく異なる。白黒サイレントの『浮草物語』は淡白、総天然色トーキーの『浮草』は濃厚なのだ。これは俳優にも当てはまることで、坂本武と中村鴈治郎坪内美子若尾文子を比べてみれば一目瞭然。個人的にはリメイク版の濃厚さが好みだけれど、一つだけオリジナル版の方が断然良かった箇所がある。それは、座長の息子を誘うべく、巨木の根元に座る坪内美子を捉えたショット。柔らかな光線、髪を揺らす微細な風、木の幹にチラチラと被さる影、爽やかな初夏の空気感や匂いまでもが伝わってくるような素晴らしいショットにしばし陶然となった。この場面の坪内美子は何とも言えない色気を醸し出している。若尾文子の可愛らしさとはまったく異質の艶やかな趣き。はぁ〜。

***********

盤質。非常に良質の黒白映像。多少のザラツキ感とフィルム傷が見られますが、製作年代を考えれば、これ以上望むべくもないと思います。解像度が高く、コントラストも丁度良い感じですね。