『果てなき船路』 ■■■■

監督:ジョン・フォード

怒りの葡萄』と同じ年に撮られた海洋ドラマ。これは本当にフォードの作品なのかといぶかしみたくなるような陰湿な物語に困惑させられます。いわゆるアイルランドものでもあるのですが、豪快で明るくて色彩鮮やかな『静かなる男』とはまるで正反対の印象。本作でも『怒りの葡萄』のグレッグ・トーランドキャメラを担当していますが、こちらの方がより闇が深く光とのコントラストも強烈でその禍々しさは表現主義的(あるいはフィルムノワール的)な感じさえ受けます。酒場シーンの極端なローアングルや霧深い港を煌々と照らす逆光など『市民ケーン』を先取りしたような(本作の方が一年早いだけですが)実験的な映像には驚かされます。それとフォード的なヒロインが不在で、女性は冒頭に出てくるエキゾチックな娼婦や侘しい酒場女だけというのも何か異様なんですよね。酒に弱く屈折してなく気が優しいジョン・ウェイン(!)がある意味ヒロイン的な存在なのかもしれません*1。そんなホモセクシャルな雰囲気さえある倒錯っぷりも含めて極めてユニークなフォード作品だと思います。うなだれる船員と甲板の上に影が広がっていく最後のロングショットが切なく美しい。

*1:「傷だらけの映画史」(中公文庫)の"傷だらけの捜索者〜ジョン・フォードと『果てなき船路』〜"の中で蓮實重彦が「ジョン・ウェインは、ほとんど天使的な清純さのイメージにおさまっていて、ほとんど女優のように演出されていますよ。西部劇の砦に一人いる女性のように、みんなから世話を焼かれて。妙に清純なんです。そして明るい」と語っている。