『東京物語』

今夜から小津週間と題して小津箱を賞味していきたいと思います。

監督:小津安二郎

映画、その一つの究極を観たような、とてつもない衝撃を受けてしまった。老いた両親が上京して、子供たちに会い、小さな温泉旅行に出かけ、帰り、そして死んでいく。ただ、それだけ。当たり前の日常がほんの少し変化して、また当たり前の日常へと戻っていくだけの、そんな家族社会の円環をなす生の営みを、静かに、厳格に、人間を仰ぎ見るような低い視線で見詰めていく小津映画の圧倒的な誠実さと残酷さ。ヴィム・ヴェンダースは本作を「形式的厳密さを好む作家がその好みを徹底させた場合、逆に驚くべき自然に達し、ほとんど生々しいドキュメンタリーであるかのように思われてしまうことがある」と言って絶賛したという。けだし名言だと思う。人物を捉えた一見なんでもないショットにおける言いようのない感動。この不思議な感覚は一体何なのか?ミドルにしてもロングにしても小津映画に出てくる人物は他の映画とは明らかに違う何か特別なオーラのようなものを発しているような気がする。東山千栄子の笑顔、笠智衆の横顔と背中、原節子の泣き顔、あらゆる映画で見慣れている筈の表情や所作なのに、まるで初めて目にしたかのような奇妙な錯覚を覚えてしまう。とにかく映し出される映像すべてが独特で新鮮なのだ。時代や技術やジャンルに関係なく完全な個として存在し得る映画。映画の聖域。それが『東京物語』なのかもしれない。オールタイム・ベストの1本であり、人生の宝物にしたい作品。至福の映画体験だった。小津監督、ありがとう。

***********

さて盤質。格調高い白黒映像というにはほど遠いけれど、なかなか鮮明な画。ただ白い雨だれ状ノイズが目立ちます。画面揺れも散見。音質は並程度でしょうか。ややこもり気味です。10/28に出るクライテリオン盤との比較が今から楽しみです。