『早春』

続・小津週間。第四夜目。

監督:小津安二郎

小津様式による昼メロ調の大作ホームドラマ。登場人物が多く、しかも若いというのが特徴で、サラリーマンの悲喜交々を描いた作品でありながら、青春群像的な色合いも感じられる。144分という長さをまったく感じさせない物語運びは、やはり平凡にして非凡な台詞回しと、緻密な演出によって引き出される俳優の個性が絶妙なハーモニーを奏でているからだろう。何とも心地よく流れていく映画の時間。また出るわ出るわの酒と食事シーン。特に食べ物のバリエーションは今まで観てきた小津作品でも群を抜く多さかもしれない。はっきり描かれているものだけでも、お好み焼き、中華饅頭、ホットドッグ、煮込みうどん、おでん、とこんなにある(笑)。店の看板、ビルのネオン、工場、列車など小津的な情景も他作以上に楽しめる。俳優では岸恵子池部良が印象に残った。特に岸恵子の女臭さは半端じゃない。小津調というオブラートに包まれてはいるものの、かなりインパクトのある魔性の女ぶりを発揮している。『お茶漬けの味』の木暮実千代と同じで、ちょっと異色のヒロインと言えるだろう。お好み焼き屋の個室で池部良とキスをする直前の、ビール瓶を触る手の動きの艶かしさに思わずブルルッ(息を飲むような手の美しさ!)。高橋貞二の語尾に「〜んだ」を付ける独特の言い回しも実に良い味を出している。『彼岸花』のサラリーマンといい、忘れ難い役者だ。

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盤質。画質は良好。ノイズもあまり気になりません。56年という時代の白黒映画にしてはかなり上質の映像だと思います。音も『麦秋』とほぼ同じくらいに感じました。