『旅芸人の記録』

監督:テオ・アンゲロプロス

欧米列強に蹂躙され、利用され、右左両派の内戦をも引き起こしたギリシャ現代史1939年〜1952年、その10年余にわたる惨劇と混沌の歴史を、社会の最小単位である家族(旅芸人一座)の視点から描き、さらに神話を追体験させることによって重層化し、遂には"戦争に翻弄される民衆"という普遍的な人類史へと昇華していく、規格外のスケールをもった映像叙事詩。既存のフラッシュバックを用いず、自在に時代を行き来する大胆な構成、常軌を逸したワンシーン、ワンショットが生み出す超個性的な映像の数々に唖然とさせられる。中でもナチスからの解放〜英軍の介入〜民衆蜂起という内戦にいたる時の流れを、一つの広場と720度パンによる長廻しだけで表現したシークエンスは圧巻。こんなある意味、気違いじみた演出はアンゲロプロスにしかできないだろう。他にも思想対立をカリカチュアライズしたダンスホールの長廻しや、同一ショットの中に異なる年代が同居するといった大技が随所に出てきて映画的な興奮を誘う。本作は徹底的に情緒性を排除した厳しい眼差しに貫かれているが、それ故にアコーディオン弾きの老人が奏でるどこか物悲しいメロディや、座員たちの唄う「ヤクセンボーレ」が心の琴線を刺激する。夕暮れ時、カフェの中から客引きの為に歌い踊り、雪の山道を明るく唄い行く彼らの姿には理屈を超えた感動を呼び起こされる。完成しても上映できる保証などない時代に、4年の歳月をかけ、しかも屋外シーンはほぼ全編曇り空というロケ条件を求めての撮影。その困難と労力と執念は、常人の想像を遥かに超えるものだ。4時間という映画の旅の果てに一座が辿り着くのはファーストショットと同じ場所エギオンである。しかし、年代は1952年から逆行して1939年になっている。大きな苦しみと犠牲を経て、世界はまた元の状態へと戻っていく。歴史は繰り返される、それも愚かに・・・というアンゲロプロスの沈鬱な呟きが聞こえてくるようなラスト。そこには製作当時の政権(パパドプロス軍事独裁)に対する批判精神と、ペシミスティックな現実認識があるように思えてならない。何度観ても新しい衝撃を与えてくれる稀有な作品。映像のコペルニクス的転回。まさにワン・アンド・オンリー。

***********

盤質。画質は悪いです(泣)。S/N、解像度、発色すべて標準以下のレベル。画調も暗すぎるように感じられました。輪郭補正もきついですし、僅かに画面揺れもあります。LDと比較してみましたが、画調の明るさ加減や、輪郭の自然さなど、画質的にはLDの方が良いかもしれません。PALマスターの『1936年の日々』が良い画質だっただけに残念です。それと字幕のフォント。これは明らかにLD版の方が見易かったです。LD版と比べるとDVD版の字幕はやや大きく太めです(さすがにIVCのDVDほど酷くはありませんが^^;)。普通のTVやPCによる視聴なら問題ありませんが、ホームシアター等の大画面で観る場合は意外に気になる点だったりするんですよね。