『ぼくは歩いてゆく』

監督:アボルファズル・ジャリリ

戸籍がないために学校へ行けず、仕事にも就けない少年の奮闘記。深刻さの中にほんのり滑稽さを含ませて描く「子供VS大人」というイラン映画ならではの対立構造が、社会的ルールの問題点を浮き彫りにしていく。あくまでも"ドキュメント風"だった物語が一瞬ドキュメンタリーそのものになってしまう、この虚構と現実の魔術的な混交は、キアロスタミやマフマルバフの作品でもお馴染みの演出だ。真実の映像を巧妙に潜り込ませる厳しい検閲制度に対する製作者の知恵。説明的な描写とセリフを極力省いて、物語性が失われるギリギリの線で踏み止まるようなストイックなショットの積み重ねも、あるいは単なる映画的な手法として捉えるだけでは済まされない屈折した要素を内包しているのかもしれない。最後に映し出される少年のアップショットの素晴らしさ。しかし、無邪気な笑顔の前には施設の格子が厳然と存在している。こういう作品を見てしまうと、今の映画には"制約"こそ必要なんじゃなかろうかと本気で思ってしまう。CGでどんな映像でも作れるようになった結果、映画はその本来持っていた豊かさを失い、決定的に映画ではない何か別のものになってしまったような気がする、なんて考えるのはあまりにもアナクロニズム穿った見方だろうか。