『サンライズ』 ■■■■■

監督:F・W・ムルナウ

いや〜ぶったまげました。夫の浮気による夫婦関係の危機と回復という通俗的な物語が、ありとあらゆる工夫を凝らした撮影技法によって、サイレント芸術の極みにまで達してしまっている凄い作品です。もうオープニングから技巧の展覧会みたいな素晴らしくいかがわしいショットの連続。かと思えば印象派の絵のような美しい風景や、フィルム・ノワールを先取りしたような暗鬱なモノクローム世界が現われたりします。しかし最も顕著な特徴は、ムルナウの本領とも言えるドイツ表現主義の手法でしょう。大きさや形が変化する字幕、異様なキャメラワーク、不気味なメイク、過度に人工的な空間造形(遊園地のセットは圧巻!)、奇妙な構図と遠近感、激しい稲妻と雨と風の自然描写などによって生み出される映像世界には圧倒的な力強さがみなぎっているんですよね。森の中、逃げ走るジャネット・ゲイナーを捉えた超ロングショットの固定キャメラがふいに右方向へパンしていき、線路が見えたかと思うと、画面奥から路面電車がヌウッと現われるシーンの不可思議な感動。言葉では表現できない"映画のリアル"。それにしてもこの作品がオーソン・ウェルズの『市民ケーン』より14年も前に撮られていることには心底驚かされますね。ムルナウの独創性には脱帽するしかありません。サイレントが到達した最高地点と言っても良い『サンライズ』と時期を同じくして初のトーキー『ジャズ・シンガー』が公開されたというのは何とも象徴的な出来事だと思います。

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盤質。さすがに画はノイジーですが、古いサイレント作品としては解像度もコントラストも良好で、本作の陰影豊かな黒白映像美はしっかりと堪能できます。音はサウンド版公開時のものと、95年のLDリリースの際に収録された効果音付きの2種、さらに撮影監督ジョン・ベイリーによる音声解説まで収録されています。特典も未使用テイク集や台本等の資料、そしてムルナウ幻の作品に関するドキュメンタリー『四人の悪魔:ある失われた映画の記録』(約40分)と盛り沢山。付属リーフレットも相変わらず読み応え十分。映画史家・小松弘による「『サンライズ』を理解するために」、ムルナウの略歴、詳細なフィルモグラフィー、スタッフ&キャスト紹介、いずれも文句なしの内容です。紀伊国屋書店の新企画である「クリティカル・エディション」の第一弾、期待以上の素晴らしさでした。いよいよ日本のクライテリオンというブランド・イメージが確固たるものとなった感がありますね。気になる第二弾は夏頃、なんとドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』だそうですよ。イヤッホー!!(笑)