『ミリオンダラー・ベイビー』 ■■■■

監督:クリント・イーストウッド

観終わって劇場へ観に行かなかったことを激しく後悔しました。何という峻厳で愛しみに満ちた殺人劇。いまアメリカ、いや世界でこれほど充実した画面造形と演出を見せてくれる映画作家が果たして何人いるでしょうか。視線の在り方と距離の置き方だけで登場人物の関係性を表現してしまうその見事なまでの簡潔さ、スピードバッグを挟んでイーストウッドヒラリー・スワンクが会話するシークエンスの濃密さ、たったワンシーンで使われるスローモーション(最近のスポーツ映画にしては異例の少なさではないだろうか)の戦慄的な時間。そして画面を支配する深い闇とそれにより最小にして最大の効果を発揮する光の存在。特に初タイトルを奪取した後の暗い控え室の中ヒワリー・スワンクの上半身を鮮明に浮かび上がらせる光、ベッドに横たわるやはりヒラリー・スワンクの顔半分(そして涙)を照らす光が印象に残ります。キャメラを担当したのは『ミスティック・リバー』のトム・スターン。不思議なことに両作ともアカデミー撮影賞受賞はおろかノミネートすらされていません。少なくとも『ミリオンダラー・ベイビー』は2004年度の撮影賞作品『アビエイター』より遥かに美しいキャメラだと思います。アカデミー会員たちは貧困問題、尊厳死といった社会的テーマや俳優の演技(勿論ヒラリー・スワンクモーガン・フリーマンは賞賛に値しますが)ばかりを注視して、映画の映画たる光と影の繊細な戯れにはまるで無関心だったようです(やたらに画面が暗いなぁくらいは思っていたかもしれません)。作品に込められたアイリッシュアメリカンとしてのジョン・フォードへの目配せも感動的でした。ところで本作を観ていて突然気が付いたのですが、モーガン・フリーマンという人は何かに腰掛けている時の姿が実に魅力的ですね。これは早々にDVDを購入しなくては。