今日は恵比寿ガーデンプレイスに『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス』を観に行ってきました。さすがに平日の昼間とあって客足はまばら、多分20人もいなかったと思います。で、かなり長い予告編(『グッバイ、レーニン!』という作品が面白そう!)を挟んでいよいよ上映開始。トランペットの響きと共に参加監督たちのクレジットが。"VICTOR ERICE"の文字に胸が躍る。エリセの新作!たったの10分間だけれど、これからスクリーンに映し出されるのは、紛れもなくビクトル・エリセの新しいフィルムなんだ!!そう思ったら自然に顔がニヤついてきちゃいました。とりあえず今回はエリセの『ライフライン』のレビューだけを記すことにします。まずは一言、絶品。信じられないくらい美しい黒白の映像詩でした。人間の生と死と日常(すなわち人生)が10分という短い尺の中に見事に凝縮されています。息を呑むような静寂と緊張感、繊細極まりない音の数々、全てのショットに宿るスペクタクルな映像感性。とりわけ赤ん坊のアップショット、シーツを干す女性の影のショットにはただならぬ魅力を感じました。映像の魔力=フォトジェニイは確かに存在している。どうすればこういう画を撮れるのでしょうか。開いた口が塞がりません。本当に素晴らしい。ところで劇中に映し出される新聞にはナチスの記事とともに1940年6月28日という日付が示されます。これはエリセ監督の誕生日とほぼ同じです。監督は本作について「私の自叙伝的な映画なんだ」と語っています。フランコ独裁の始まり、第二次大戦という時代に生まれたエリセ監督にとって、ファシズムの象徴であるナチスの記事を見せることは、自己を表現する上で必要欠くべからざるものだったのでしょう。観る前、10分間はあまりにも短すぎる、と思っていました。でも観終わっての満腹感たるや!ただ、余韻が強烈過ぎて、その後の5作品は集中して観れませんでした。上映中も、帰宅の車中でも、次の日も『ライフライン』の映像が頭の中で激しく明滅していました。全7本の短編の中で『ライフライン』の完成度はずば抜けていると思います。『ライフライン』だけが映画だった、と、つい暴言を吐きたくなるくらいに・・・。長編を3作しか撮っていない作家、しかもそれは図らずも、である。本人にとっても映画にとってもファンにとってもこんなに不幸なことはないと思う。エリセ監督は「自分に希望を捨ててはならないと言い聞かせているところなんだよ」とインタビューの中で答えています。そうだ、オリヴェイラだって80を越えてから素晴らしい映画を量産しているじゃないか。希望はある。

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蛇足ですが、最後に『ライフライン』と過去のエリセ作品との繋がりを挙げておきます。

ロウソクの灯
ミツバチのささやき』でアナとイサベルはロウソクに灯をともして怪物の話をします。

時計に耳をあてる少年
ミツバチのささやき』でアナは線路とイサベルの心臓に耳をあてます。

眠る父親
エリセの3本の長編には必ず父親が眠るショットが出てきます。

産婆
ミツバチのささやき』『エル・スール』に登場する小間使いミラグロスを想起させます。

木に吊ったブランコに乗る少女
『エル・スール』の中で少女エストレリャは木に吊ったブランコに乗ります。


エリセ作品には必ず犬が登場します。犬の鳴き声も重要な役割を担っています。

ミシンを踏む女、バックルを打つ男、靴を磨く女達、草を刈る男達
エリセは人が何か作業している姿を、絵画のように静的な美しさで捉えます。『ミツバチのささやき』では手紙を書く母、アナの髪をとかす母。『エル・スール』では縫い物をする母、家具を修理する母、手紙を書く父、『マルメロの陽光』では絵を描く男。

黒猫
ミツバチのささやき』に出てきたミシヘルという黒猫が重なります。

屋根裏部屋
『エル・スール』では父親の部屋として非常に深い印象を残します。