『上海から来た女』

監督:オーソン・ウェルズ

馬車に乗ったブロンド美女に導かれ、人間の暗黒面へと足を踏み入れてしまう善良な男を描いたフィルム・ノワール。編集段階で1時間もカットされたというだけあって話はどこかチグハグしているけれど、天才ウェルズの面目躍如たる映像表現の冴えは随所に見られる。表現主義的な構図、アップショットの多用、パン・フォーカスによる奥行き感抜群の背景、極端な俯瞰とローアングル。水族館で逢引する男女(逆光で捉えられている)の背後から巨大なタコが浮き上がってくるショットや、崖上で対峙する男二人の背後で煌く海、クレイジー・ハウスの中を彷徨うシュールなシーンなど、主人公の不条理な境遇を象徴的に現した異様な映像の数々が面白い。ちなみに最後のマジック・ミラーの場面はウディ・アレンの『マンハッタン殺人ミステリー』でまるごとパロディされている。