『シテール島への船出』

監督:テオ・アンゲロプロス

老夫婦の神話的(あるいは精神的)な愛という「虚構」と、現世的(あるいは肉体的)な愛という「現実」、二つの世界が入れ子のように重なって展開していくアンゲロプロスならではの一味違ったメロドラマ。物語の悲劇性にドップリ浸かるのではなく、一歩引いたスタンスが取れる「仕掛け」を作ることによって、悲劇の裏にある革命の挫折と国の堕落(これらは「食事は済んだ?」や「腐ったリンゴ」という言葉にも象徴されている)を浮き彫りにしようとする監督の冷静さが心憎い。老夫婦を演じるマノス・カトラキスとドーラ・バラナキ、二人の表情と佇まいが圧倒的に素晴らしかった。妻が最後に発する言葉の重み、降り続ける雨の青さ、アフロディテの島シテールへと旅立っていく沈黙と静寂と霧のラストシーン。この作品には感情移入も共感も許されない、孤高の厳しさ、美しさがある。