『攻殻機動隊』

監督:押井守

TV版を観終えていたせいもあってか、前に観た時よりも遥かに深い充実感を得ることができた。情報の海から生まれた意思体「人形使い」と、ほとんど機械化した人間・草薙素子が、お互いに抱える生命体としての矛盾を「精神の融合」によって解消しようとする、たったそれだけの話である*1。「生命とは?」「自己とは?」という完全に定義することのできない問題への挑戦や、独自の用語、仕掛けが何の説明もなしに頻出するといった作風は、確かに難解だし不親切な作品と言えるのかもしれない。ただ前者に関連する劇中(草薙を中心とした)のセリフの数々は、哲学や精神分析に少しでも興味を抱いたことがあるなら、非常に面白く興味深い内容であるし、擬似人格や偽りの現実の話は『ビューティフル・ドリーマー』や、後に作られる『アヴァロン』とも密接に繋がっている。また、氾濫するバセット・ハウンドや水溜りなどのいわゆる「押井印」も見逃せない遊びの要素だ(トグサのリボルバー「マテバ」をめぐるやり取りや、バトーの銃火器マニアっぷりもこれに含まれる)。後者は予備知識を必要とするが、それらを知った上で鑑賞すれば文句なしに楽しめる。だいたい説明的な描写やセリフの如何に野暮なことか。この作品の素晴らしさは80分という尺で収まっている点にもあるのだと確信する。光学迷彩や電脳が絡んだアクション演出と視覚効果は、緻密な銃撃戦の描写と相俟ってやたら格好良い。激しさの中に突然フッと現れる静謐な瞬間も好きだし、都市や人々の情景は陰鬱な美しさに充ちている。勿論、その雰囲気を醸成するのに、川井憲次の音楽が多大な貢献をしていることは言うまでもない。サイバーパンクの魅力が見事に凝縮されている傑作だと思う。ちょっと堅苦しい解釈だけれど、テーマの根幹にはニーチェの超人思想、そして『2001年宇宙の旅』のスターチャイルドがあるような気がする。ラストの聖書の一節は、ニーチェの「人は人たり得ないからこそ人を超え得る」という言葉と表裏一体をなすものに感じられてならない。

*1:ジブリ鈴木敏夫いわく「コンピューターと結婚する女」の話